Lycoris

 人が、人として生きていたあの頃。ツクリという少女が、まだ人として生きていた頃。世界は何に比べても、あまりに小さかった。とある村の、とある小さな家に産まれた彼女が、それを知るのは時間がかかることではなかった。
 当時、彼女が産まれたその国では。鉱山から採取される石炭と、数多くの鉱石たちが富という潤沢をもたらしていた。いつでも漂う、その黒煙が、まるで空を焦がすようであったとしても。彼ら彼女らは、それこそが富の証だと信じて更なる開拓を目指していた。
 ――そう、産まれたその時から数えたとして。ツクリが晴れ渡る空を見つめることが出来たのは、ほんの少しの数日だけだった。


「ツクリ、来たらだめだろうって」
「ツクリ嬢ちゃん、ここは危ないって。おじさんたちの言うことを聞いておくれ」

 後ろから聞こえる、男たちが焦る声。それを背中に受けても、少女は彼らの声を無視して暗がりを走る。左右に積まれた砂利の山から、ころりと落ちてくる小石たちを横目に。あるいは岩壁たちの天井を支える梁の軋む音を聞きながら、鉱山の奥へ奥へと進んでいく。
 彼女の父親は、鉱山の奥に引きこもったまま作業を続けていると、少女には伝えられていた。母親のことを置き去りに、ずっと中にいるのだと。いい加減帰ってこいと、一緒に御飯を食べようと、ツクリはただ伝えるためだけに来たのだ。勿論、少女一人で奥まで行けるはずもないのだが、そんなことを知らない彼女はずかずかと鉱山の中へ入っていった。
 そして、運の悪いことに。半ば住処として働く男たちであれば無意識に避けるような細い通路を、少女は近道と勘違いして進む。その頃には心配して声をかけてくれた男たちも振り払われていた後だ。誰一人、その足音を、"危険を告げる足音"を、少女に伝えることも出来ないまま、それは起こった。崩落する地面、共して砕け散る天井、まるで爆発のように砂煙をあげる――。誰かがその現場に居合わせれば、こう叫んだだろう、落盤事故だ、と。

 少女が次に目を覚ましたのは、瓦礫の中であった。視界にまず捉えたのは、父親のために持ってきた、白いはずのタオルの端だ。岩に押しつぶされ擦れたせいで黒ずみ、薄汚れているそれの先には、岩と岩の僅かな隙間。灯りがちらちらと見えるも、なんの灯りか判別は難しいほどか細く、そしてすぐに遠くなっていく。少女がせめてとタオルを握ろうとした指先は、感覚がもうなくなっていた。いや、指先だけではない。思えば手の甲も、肘の関節も、いや腕も肩も、足も、何も――。そこで、少女の意識は、一旦途切れてしまった。