大きな木の枝に、とある一組の鳥の番がおりました。可愛らしく鳴く薄茶色の羽に、目が覚めるほど美しい空色の羽が瞼を閉じて寄り添っています。彼らは恋紡鳥と呼ばれる、人間界でも有名な「恋結びの象徴」でした――そう、これは過去のお話。恋結びの鳥達は、今はもういません。青い羽根を散らせて、薄茶色の鳥は枝から飛び立ちました。銀色に光る小さな小さな輪を二つ掴んで。
喰い汚い鳥のお話
空高く舞い上がったその鳥は、遠くはなれた別の木に着くなりその輪を空に放り投げた。きらりと光を反射して煌めく銀の輪、次の瞬間には誰かの手が小さなそれを掴んで、潰してしまう。鳥の姿は何処にもなく、代わりに現れた”少年”はため息を一つついて、枝にそっと腰を降ろした。空は相変わらず青いまま、先程散った羽根に良く似た色だ。
「あー……不味い、本当、不味い」
手の中でひしゃげた銀を地面に投げ捨てて、彼はまたため息をつく。地面に散らばる落ち葉に紛れて、鈍い光はとうとう見えなくなったが、彼がそちらを見る気配はもうない。薄茶色の短い髪をがしがし乱し、少年は枝から飛び降りる。音もなく降り立つ彼は、番の片方と外見のパーツがよく似ていて――だが間違いなく鳥でなくて人間だ。二本の足でしっかりと地面を踏みしめているし、羽など無い。
「鳥ってあんな味がするんだな……俺、初めて”喰った”よ」
「私もこの間喰ったところだ。番というのはやはり厄介だな……」
とんでもないことをさらりと言った少年の前から、女性が足音もなく近づいてくる。年齢は二十代半ばくらいだろうか、妙に男気あふれる長い黒髪の女だ。少年は女性の隣に並び、その顔は見ないまま言葉に応じる。好意的でないことは端から見ても明らかだ。
「”ユーティス”って分かるか」
「いいや、なんだそれは」
「俺の番だったやつだよ、すげぇ綺麗な空色の羽を持っていてな、凄く優しくて正直なやつだったんだ」
「そうか」
「……あんたが、いつもかわいがってくれて、一緒に人間のスイーツとやらを食べに行ってたやつなんだけど」
通じるとは元より思っていなかったのだろう、少年は渇いた笑いを発して――涙を流していた。女性はそれに目をくれることもなく、天を仰ぐばかり。
「私の番だって誰も覚えていなかった。親ですら、そんな子は産んでいないと言うのだから怖い話だ。実の子でも覚えていないというくらいだからな」
「でも……確かにいたんだ。ユーティスは、すごく真面目で良いやつで、番になってから一度も約束を守っていてくれたんだ」
「だが裏切ったのだろう、お前が喰ったということは」
その場に膝から崩れ落ちた少年の腕を取り、女性は息を長く長くつく。黒い髪が肩からこぼれ落ちて、地面に歪んだ影を作リ出す。彼は黙って見上げて、頭を項垂れさせた。
「――鳥の味はどうだった、恋紡鳥」
「不味かったよ、凄く、不味かった」
「その味をよく覚えておくんだな。二度と味わいたくなければ、番など取らないことだ」
でないと、私みたいに食い荒らすことになるぞ。彼女はそう言って少年の元から離れていく。その手には四個の銀の輪、人間たちが生涯を共に過ごすを誓い合うあの輪に良く似た、指輪があった。
「――寂しいんだよ、一人は」
そうして少年は涙を振り払い立ち上がる、左手につけた銀の輪を撫でて、二個目の輪を――番を探しに。出来れば女性のように、四羽の羽根を散らすことがないように祈りながら。