一つ星が煌めかない空

 そこまでして何故生きるのか、と誰かに聞かれた気がする。珍しく晴れ渡る倫敦の空の下でだ。何度思い返しても誰かは思い出せなかったが、その人が今、生きていないことだけ覚えている。あの時、自分はなんて答えたのだろうか。理由などない、復讐のためだ、愛する人のためだ、そんな余りにベタな答えだったかさえも曖昧だ。――だが、やはりその人が死んでいることだけは知っているのだ。この手で、確かにその背中へ弾丸をつぎ込んだのだから。
 姉がその身体を白い箱に詰めてから一週間後、何も気力なく生きていた自分へ一通の手紙が舞い込んできた。どうやら何かパーティのお誘いらしい、姉が病に臥せっていたことでも知っていたのか、お加減は如何ですかなどと今更過ぎる伺いの文句が書かれていた。勿論即ゴミ箱行きである、そんな余裕は自分にない、気持ちもお金も何もかもが。そう、行かないと返事を出すこともなく捨てたのだった。
 だが次の日、同じ手紙が郵便受けに入っていた。無作為に入れているのではないかと思ったのだが、宛名も間違っていないし日にちはちゃんと何日後、と書きなおされた手紙だ。気味が悪くなってまた捨てて、明日は入らないことを願った。するとどうだ、また入ったのだ。

 「……ねえ、いい加減にしてよ」

 こちとら姉の葬儀だの家督や相続争いがどうのこうの、親戚と真っ向から対立する身だ。こんなことにかまけている時間など――そう思ってもう一度手紙を捨てようとした、その時だった。

 「にゃうん」
 「あっ、こら、ステラ!」
 「ふみゅ、ふみゅうぅ……」

 手紙をぱしんと肉球で挟み込む白猫は、ものを取り上げられると前足で空を掻く。姉が拾ってきた子猫だったが、最近は自分が育てることになり、結局こうして姉亡き後も世話をしているのだが。

 「だーめ、これはね、遊び道具じゃないの」
 「にゃう!」
 「……はあ。かわいいわね」

 よしよしとその頭を撫でて可愛がれば、猫は何事もなくすりすりと甘えてすり寄ってきた。ステラ、姉とたった二人で暮らしていた所に迷い込んできた、夜空を照らす一つ星。今は、寂しさを埋めることができる唯一の存在だ。

 「パーティ……ん、ペットの参加もいいの、これ」

 また猫の手によって遊ばれ始めたそれに手を伸ばし、その文面を読み上げる。曰くこうだ、姉様のお加減は如何ですか、何分忙しい時期であることは承知の上でこのお手紙を差し上げました。どうしても貴女に参加していただきたいパーティがありまして、報酬つきでの参加をお願いしたく――そこで、今まで見落としていた”報酬付き”の文字を見た。こういう手合の手紙が、今まで全く来なかったわけではない。仕事の関連で舞い込むことがほとんどではあったが、直接家に送られてきたことがないだけで幾らでも。ようやく内容が思い当たって、仕事場へ直接繋がる回線に手を掛けた。

 「Hey、シャトー。まだウイスキーを開けるには時間が早すぎんぜ」
 「そのウイスキーが不味くなるような御話をしてさし上げましょうか、senhorita〈相棒〉」

 男とも女ともつかない声に、ついこちらの唇の端は吊り上がる。ルナ――本当はルイシーナだが、仕事上の便宜の関係で愛称で呼んでいる――彼女は私の相棒である。話が早く済みそうだ、電話の隣に置いてあった荷物を確認しながら、事の顛末とお誘いを提言した。

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