始まりの色
そこは、何もない空間だった。淡く浮かび上がる景色はそれぞれモノクロだったが、それすら鮮やかに思えるほど、辺りは真っ白の世界だった。自分が何物か分からず、何のためにここにいるかも分からず……一つだけ言えるのは自分がまだ無の存在では無いことだけ。
一つ、二つ、三つ。どこからか転がってきた小石が道を成していく。四本、五本、六本。どこからか倒れこんできた樹枝たちが、空間と空間を分け隔てた。七音、八音、九音。どこからか聞こえ始めた小さな音が、懐かしさを引き連れながら私の世界を創り上げていく。それはまさに、私の意識を浮上させて、呼び戻す久遠の音だった。
からんころん、無機質に近い鐘の音が世界に響き渡る。最後の客は慌ててお金を出し、商品を一つだけ買って行った。まいどあり、と声を掛ける暇もなく、店外は夕闇に閉ざされる。
赤は綺麗、オレンジも綺麗、その二つがそれぞれを尊重しあって存在するサンセットオレンジの夕焼けは、もっともっと綺麗だ。カウンターという特等席から眺める店の外は、眺めるだけでは勿体無い程美しい。
だが、そろそろ閉店の時間である。夜になるまで余り時間は残っていない、ゆったり重い腰を上げて、棚の商品を確認していく。細々としたものばかり置いているせいか、どうしたって敏感になるのだが――今日もなんともないようだ、良かった。
再びカウンターに戻り、今度はお金の計算だ。先程来た客が置いていったお金を手に取り、大事に箱の中へとしまう。淡々と流れていく世界に一人取り残されても、なんとか生きていけるくらいの生活費。水面と空気の狭間で泳ぎ続ける、なんとも言えない不安定な世界が、たまらなく好きだ。もう少しお金を上げても良いのに、と何度か言われたが、まあ生きていけたらそれでいいだろう。
この店には、いやこの世界には、季節がある。このカウンターから覗いていても分かる――春の香りに可愛らしいベビーピンクの花たち、夏の陽射しにシアンブルーの水色、秋の寂しさにペールオレンジの葉っぱたち、冬の寒さにフロスティグレイの雪。皆、薄暗いこの店から見ると色彩に目を引かれるのだ。
からから、今日は店じまい。また明日ね、世界。そうしてこの店は世界から抹消されて、今日を終えた。暁を迎える、一つも残らない命の面影を知るために、今日もまたゆったりと日が過ぎていくこの世界で。