English Lavender 

 外が光で溢れ始める季節のこと、この店の中は驚くほど暗く涼しく感じるようになっていく。時折暑そうにした人が入ってきては、ここが店であることを忘れてのんびりと過ごし始めるのだ。
 だが、入ってきたらお客さん。それはいつもと変わらない。出て行けと怒鳴ることも、箒を持って追い出すために叩きまわることもせず、じっとカウンターから彼等のことを見詰めるだけだ。視線に耐えかねて出て行く客もいれば、なんだなんだと気になって近寄る人もいる、不思議だ。不思議だが、やはり私は動けすにずっと見続けるだけだ。

 ある日、ここらでは見ることのない布を服として身に纏う男がいた。すらっと伸びる背筋、襟足が薄くなった髪。遠路遥々やって来たらしい旅人のようなその人は、何かを探している風に迷っているところだった。お客さん、なにかお探しですか。風に乗せて問いかけると、まいったなあとその人は言う。どうやら道に迷ってしまったらしい。

 私がもしもここを離れることが出来れば、案内出来るかもしれないのに。その先で楽しいことが待ち受けているのかもしれない。もしかしたら――そう思ったが、よくよく考えてみると全然外のことを知らない上に、カウンターから動くことはやはりできない。ごめんなさいと涙を思わず零すと、彼はいいんだよ、ありがとうと言って傘をくれた。今日は夕立が来るらしいです、濡れないようにお気をつけて。それだけ言って、彼は消えていった。

イングリッシュラベンダー:花言葉は「いつまでも待っています」。

Penstemon 

 暑さに目を細めて、しばらく降っていない雨を乞う。そんな日が十数日続いたとある昼下がりの事。私は庭の手入れをすべく、いつも使うハタキの代わりに竹箒を持ち、店先を覗いた。この世界の四季――特に夏は、好きなようで、嫌いだ。春の柔らかな暖かさも、秋のしんとしたあの静けさも、冬のひんやりとした心地よさもない。ただぎらぎらと強く照らしてくる日光に、暑さに――ああ、考えるだけで目眩がしそうな。
 しかし、悪いことばかりではない。庭にある樹木たちは、その日光を存分に浴びてリーフグリーンをもっと鮮やかに、派手にしていく。木陰の周りに木漏れ日を落として、一種の風景美を作り出すのだ。もっとも、その場所に辿り着くためには、この茹だるような暑さをなんとかしないといけないのだが。

 勇気を持って一歩踏み出し、庭の植木鉢に手を触れる。熱い、当たり前か。焼けた土鉢は日光に晒されて、熱を吸収してしまっていたようで、手で触るには気が引ける程。どうしようかと空を見上げ、そして、私ははっと息を呑む。
 晴れ渡る青空、なんて、とても有り触れた表現だが、まさにそれが天を覆い尽くしていたのだ。更には真横を通り過ぎる、爽やかで涼しい風。気が早いのか落ちてしまった幼葉は舞踊るようで、一瞬の出来事にもかかわらず私は見惚れるようにそこを眺めていた。ああ、撤回しよう。案外夏の日も悪くない。

ペンステモン:別名、釣鐘柳。花言葉は「美しさへの憧れ」。

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