1
今日も色様々なカクテルが、暗いカウンターへと並べられる。ここは思惑を秘めた大人達が集う夜の遊び場、豪華な丸机では紙と金貨とが擦れ合い、天井からは金色の光が漏れる。それを横目に、今日も彼はカクテルを作っていた。
作り上げた傍からカクテルの向こう側を楽しむ。当然、遊ぶ者達はその中に閉じ込められていることへ気づかない。そっと掌に納めた景色に満足して、彼は唯一勝者のカクテルに口付けた。
2
悲しみの青、幸せな青。こっちへおいで。情熱の赤、流れた赤。そう君たちもだよ、こっちへおいで。
悲しみは半分に、喜びは倍に。
重ねた掌は色が混ざって紫色、青紫ではなく、赤紫でもない。どっちの色にも偏らない。だって同じだけ呼んできたもの。さぁ、新しい色になって歩こう。君はもう以前の君じゃない、新しい色彩を持ち合わせて旅立とう。
3
最愛の妻を失った夫がいた。彼女が彼に遺したものは、長年連れ添ってきたというだけあって沢山ある。その中に一つ、彼とは別に命を宿したものがいた。
良かった、お前は元気そうだな。
籠から出したインコへとそっと呟く。そうすると、籠の中から小さな、小さな返事があった。
年老いた私より先に逝かないでおくれ。
愛しい彼の妻の言葉だった。
4
深い深い森の奥、小さな音さえ谺するというのに、貴女を見つけてくれる人は誰もいない。
木が縺れ合い、枝が重なり合い、葉で覆い隠された貴女は森の迷い子。
啄木鳥よ、木をつつく音で彼女に知らせてくれないか。ここは貴女の来るべき場所ではなかった。進むことはおろか、今辿ってきた道を後戻りすることさえも出来ないのだと。
5
空を泳ぐ魚を見たことがあるか。
そいつは虹色に輝く鱗とヒレを持ち、浮き雲にまじって悠々と空の海を楽しんでいるそうだ。
その姿には雲の合間で揺蕩う鳥たちも驚き、皆道を開けてこう囁くらしい。
「私達は、これを見るために空へと来たのだろうか。これを知りたいがために、翼が作られたのだろうか」と。
6
寒さは一向に収まる気配を見せない。煙のような雲を引き連れ、冬の空気に包まれて、白銀は遥か遠くどこまでも続いている。雲間からほんの少し差した光に触れて、白い吐息を白銀の道に重ねた。あと少し、もう少しだ。今、光に暖かさを感じたのだ。
寒さはまだ収まらない。でもそこに、春はいた。
7
ひとひらの花びらが森の中へと誘う。ゆっくりと、たゆたう波のように。木の枝に止まった花びらに手を伸ばせば、輝く光と共に何処かへと消え去ってしまった。自分が今歩いてきた道を振り返れば、そこはただの森。
あぁ、また私は迷子なのですね。花びらの蝶、迷いの森への案内人。
8
泣き止まぬ少女、森の迷い子。一人の泣き声が二つの羽音を招き、四羽の水音を呼ぶ。八葉の重なりが十六夜の月を隠し、森の輪郭は緩やかに消えていく。
泣くな、鳴くな。お前の姿はもうヒトではない。泉の水面に映るその白い羽はお前の物なのだ、私の同胞よ。
白鳥は少女にそう言った。
9
お忍びというものは、周りがその人の正体を見抜けないからこそ出来るものである。
つまりフードやマントで姿を隠さず、大声を出したり有名な従者を引き連れていれば、お忍びにはならない。目の前の少女を見て、国の補佐官は嘆いた。これはお忍びじゃない。
バレバレですよ、姫様。
10
ここからでは星へは届かない。もっと、もっと上へ。どんどん上へ。重たいドレスを引きずってお姫様は窓の外へと手を伸ばす。後ろから慌てて騎士が止めにはいった。
姫、星は上だけにあるのではないのです。姫はその言葉に下を見下ろす。
輝く夜空の下、光という星屑が沢山あった。