11 

 世界にたった一冊しかない本。君は、その本を手に入れてしまった。そして泣いた。それは一生手に入れたくない本だった。どんなにお金をかけても、どんな代償を払っても、その本を手にすることだけは避けたかった。
 いつからだろう。人生が終えた時、人が本になるようになったのは。

12 

 星の無い夜、真っ暗な道を歩く。人の足音は一つしかなく、他に聞こえるものと言えば風の音、それから動物の鳴き声。怖いなんてものじゃない。
 でも、遥か先に見えていたオレンジ色が近くに見えた。夕焼け色の柔らかな灯火。
 ただいま、お帰り。僕の帰りたかった場所はここにある

13 

 今日も御祈りをしているのですか、訪ねてきた少女が神父に尋ねる。
 神父はゆっくり頷いた。
 今日も御祈りを捧げているのですか、訪ねてきた女性が神父に尋ねる。
 神父はゆっくり頷いた。
 訪ねてきた老婆が同じ教会で同じ神父に問いかけた。
 死なないのですか。
 ええ、と神父は答えた。

14 

 たった一度きりのそれを、誰がどう言おうと知ったことはない。目の前に膝まづくこの国の支配者に、慈悲など一欠片も無かった。
 それでも思う。彼ならこの国を導けるだろうと。彼ならば、世界をも変えられるではないかと。手に持つ輝きをそっと、彼の上へと乗せた。新国王、戴冠の日。

15 

 貴女の上には、とある植物で作られた勝者の証があった。いつだったかそれは華麗な銀細工に変わり、いつしか煌めく金細工へ。だけど今、貴女の上には何も見えない。手を伸ばしても貴女には触れられない。
 あぁ、きっと貴女の上には輪が有るのでしょうね。神に愛されてしまったから。

16 

 特別何もない穏やかな日々が帰ってくる。僕らの夢はとうに叶えられて、もう冒険も闘いもしなくていいらしい。つまらない?ううん、平和が一番さ。ゆったり過ごせる方が幸せなんだから。
 唯一の戦利品を太陽に透かせてみた。このネックレスの飾りを綺麗だと言った敵は、もういない。

17 

 吐息が白くなって、冬空に溶ける。まだ寒さが収まらないこの時を、私たちは耐えて生きねばならない。かじかんだ指先を毛糸の手袋に突っ込んで、街を足早に駆け抜ける。
 早く早く。時よ進め、貴方の先には温もりが待っている。貴方の元へ走るなら、雪ではなく花に囲まれた地面がいい。

18 

 絶対に仕えてやるか、と思う男から贈り物があった。シンプルな銀の腕輪、装飾もほとんどなく、飾り気の一つもない。だがそれが、騎士になった自分にとても似合う。
 次の日、それを着けて男の元へ。やはり騎士には似合う、男は微笑んだ。女騎士の一人として、初めて国王の前で膝を折った。

19 

 失って気づいた恋心を、なんと例えようか。
 まだ消えていない想いも涙も、貴女のためにあったのだと伝えたかった。でも伝わらなかった。貴女が去ってから貴女が好きですとは言えない。好きでした、好きでした。
 でも、重い、想いの足枷が、貴女を追いかけようとする私を止めるのです。

20 

 そこは、人魚が流した涙で出来たという。船乗り達が帰ってこない元凶にされた人魚が集まって、祈るようにそこで息絶えたのだと。一滴では作れなくても、何十、何百、何千何万もの涙が集まれば。洞窟のなかにひっそりとある小さな小さな海。嘆きと悲しみの雫を集めた、人魚の墓場。

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