31 

 飛べなくなった鶴がいた。飛べなくなった飛行機があった。夜を映す水の中に沈んで、上に浮かぶ泡もないままただゆらり、ゆらりと水底へ。誰も知らずに消えた、無機質な命のかたまり。空を飛ぶ本物の鶴と飛行機に顔を向け、その体は屑となって流れていった。

32 

 大好きな人と別れた。君は時間が正確だし、いつも僕のことを待っていたことを知っていた。けれどそれは嬉しくもあり悲しくもあったんだ、って。待たせるのが辛かったんだって、彼はそう言った。
 壊れた、落として壊した木彫りの鳩時計に涙を落とす。もう二度と、時を知らさないで。

33 

僕のこと、覚えていますか。
 昔君の家で遊んでいて、いつの間にか友達になっていた僕を。友達が中々作れなかった君の幼馴染みとして笑いあい、時には泣きあったあの日々を。何度引っ越ししても連れていってくれた僕を、最後の引っ越しで置いていかれた僕のことを、覚えていますか。

34 

 今日はおかしな日です。空は晴れているし雲もありません。ここは木の葉の下だから狐の嫁入りも関係ありません。それなのに、雨が僕に当たるのです。僕の上には二人の人間。さよならって言っています。彼等が雨を降らしているのでしょうか?
 人間は雨を降らせることができるのですね。

35 

 満開の桜の前で頭を垂れ、貴女は滴を落とす。滴は熱を持って地を濡らし、踏みしめられた雪も溶かした。もう旅立つのですか。貴女は木へ触れて語りかける。咲く時を早めてしまった桜は枝を大きく揺らし、その花びらを舞わせた。
 今年はもう、桜は咲きません。雪に赤を散らしたから。

36 

 小さな虫を集めて籠に入れ、日も落ちた暗い夜道をただひたすらに駆けていく。
 あともう少し、あともう少し。しかし、足元を見ていなかったがために石へ躓いて籠を手放す。漏れた光にあっ、とその子供は声をあげた。飛んでいく光、光。夏の夜、迷子の子供を置いて灯りは遠ざかる。

37 

 虹を追って舟をこぎだす。貴女に会いたくて会いたくて、僕はここまで来ました。貴女が一人で行ってしまうと聞いてここまで来ました。僕は貴女にまだ伝えていません。貴女の羽衣はまだ僕の手元にあるのです。
 まだいかないで、行かないで、逝かないで。貴女の灯りを消さないで。

38 

 何度立ち上がってもその翼に羽根はなく、手を伸ばした先にある空は依然高く遠い。地を濡らす水はいつまでも出てくるのに、羽根は生えないまま。ついに黒鷹は空へと昇ることを諦めた。そして、吸い込まれるように地面のさらに奥、奈落へと落ちていく。
 たった一人、幼子を残して。

39 

 飛べなくても別にいいじゃないか。
 そうして羽のない鳥を助けた。走れなくても別にいいじゃないか。そうして足を怪我した狼を助けた。いつだって彼は誰かの為に走り回った。けれど。
 そうする必要がないのなら、逃げても別にいいじゃないか。そうして助けた人達に助けられた。

40 

 何度灰を被ろうが何度火の中へ消えようが、私は生き続け、蘇りました。あなたがまた私の名前を呼んでくれると信じて、何度だって。
 あぁ、世界は平和になったのですか。もう私はいらないのですか?
 そう問いかけると男は首を横へ振った。お前の力がこれからも必要だ、炎の不死鳥。

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