第一章第一話『Unfair』
空港からタクシーを使い、約一時間。疲れた少女と青年を出迎えたのは、閑静な住宅街に佇む一軒家だった。二階建ての小さな家は、カーテンだけが取り付けられている何の変哲もない家。壁の色も屋根の色も、周りの家に合わせただけで、特別目立つものでもない。
だが、青年は入るなり電源のコンセントカバーを外し、何かを確認し始めた。軽く眺め、指先で確認してから、カバーを元通りに戻す。黙ったまま作業する青年からは、息遣いさえ聞こえず、まるで気配がない。少女はその様子を眺めながら、荷物を音なく玄関に置いた。
「梓、一階に隠しカメラがないか確認しろ。俺は盗聴系を確認する」
「了解」
「二階には行くなよ。同時に入る」
青年の言葉に応えるなり、少女――梓は髪を結い上げ、いきなり笑顔を浮かべる。一目見れば作り笑顔だと一瞬で分かるそれは、手元だけ手慣れたように動かして、笑顔はずっと顔に貼り付けられたままだった。システムキッチン、ダイニング、窓、扉――少女と青年は、手分けして部屋の中を巡るように歩く。玄関に置き去りにしたままの荷物を回収したのは、結局十分以上経過した後だった。
小さな空の硝子花瓶を部屋の各所に置いて、青年は少女を振り返る。同じく花瓶を置く少女は、青年の視線に気付いてか、その顔から笑顔を取り去った。空港に着いたときと同じ、少し薄暗い表情――だがこれが少女の常であることも、彼は知っている。いっそその技術に感動すら覚えながら、青年はいつものように話しかけた。
「さすがに組織つながりなら、問題なかったな。家具の搬入は午後だから――個人部屋でも決めるか」
「二階、東側、私の部屋でもいい?」
「ああ。俺は一階の奥をもらうかな」
重たい荷物を軽々と持ち上げ、真顔の少女は階段を登っていく。その後ろ姿を見ながら、青年は静かにため息を漏らした。
少女の作り笑いの精度は、年々高くなってきている。幼き頃、未来を組織に捧げてしまった彼女に、安寧などあるものか――そう評価したのは、彼女の上司であり隊長である女性だ。可愛らしさをもう少し、自然に作れるようになれば――”学校”でも問題なく過ごせるのだろうか。試しに鼻歌でも教えるか、荷物を整理しながら青年が悩む間、少女が仕事道具の手入れをしていたことは、青年にとって知る由も無いことであった。