第一章第一話『Unfair』
コーヒーを飲み終え、正しく食卓の場に戻した二人は、風呂の後にまたテーブルについていた。今度持ち合わせているのは、互いに持ち込んだ銃だ――もちろん、組織の人間として許可をもらっているので、不用意に撃つことは摘発の対象であるが、魔女狩の時はその対象にならない。お互いに交換しあって銃の具合を確かめてから、また交換して相手のところに戻す。組織で決められた、セーフティと弾薬のチェックだ。パートナーの銃が使えるかどうかも、バディにとっては大切な仕事の一つ――もっとも、梓にとってはバディを持つ経験自体が初めてで、組織の本部があるドイツで教えてもらった蒼樹の銃の扱い方を、軽く思い出していた。
「どう、俺の銃は扱えそうか」
「やってみないと分からないけど……でも、使えると思う」
個人に合わせて調達された銃は、同じ組織の一員とはいえ扱いをマスターするまでには至らない。それでも組織で統一した武器を扱わない理由は、銃を奪われた時に扱われないようにするためだ。パディを組むのも、銃を奪われた時にバックアップするためだ。そうだとは理解していても、実物を目にした時に緊張するというのは、最早何とも言い切れない気持ちであった。
文字通りの掃除のやり方と、裏の掃除のやり方を確認した後、少女は蒼樹と銃を交換して再度自分の銃の点検を行う。両手で銃を構える、右手だけで、左手だけで、逆手で――この何年もの間繰り返した、一通りのルーティンとセーフティの確認を済ませてから懐にしまった。
ふと梓が蒼樹へと振り返れば、彼はタブレットにて何かを確認しているところであった。シンプルな黒色のタブレットは少女にとって見慣れない代物だが、間違いなく組織から貸与されたものだ。視線が横ではなく縦に動いているのは、普通のメールではなく暗号文だからか。
「学校と連絡、とれた?」
「おう。予定通り山野部学園の中等部に入れる。シエさんの書類作成には驚かせられるな、本当……」
シエ――シエールィ。二人が所属する隊の中で文官を主張する、一風変わった人間だ。だが書類作成に関して彼の右に出るものはおらず、必要書類の作成を二人はシエールィに任せきりであった。それも身分証明の類から外国の学校への編入まで請け負うとなると、頭さえ上がらない。
「ネロも情報収集、頑張ってくれたみたい。頭が上がらないわ……」
「向こうに帰ったら、スイーツセットの一つくらいは用意しておかないとまずいか」
「ネロが好きな貝殻、今のうちに集めておく?」
「流石に気が早すぎだろ」
情報管理官へのお土産を早速話題に上げながら、ミネラルウォーターを入れに行く梓は笑う。長期任務であることが確定である以上、定期的なお土産はこちらがうまく行っていることを知らせる材料にもなる。つられて笑った蒼樹はついで、別のアプリケーションを立ち上げていた。思わずといったように梓が覗き込んだ先には、色彩豊かなカレンダーアプリがあった。
「仕事開始は一週間後、学校開始は……なあ梓。初登校日って早めに終わるんだよな」
カレンダーの上部に書かれた『初登校』、そしてその夜に配置された『仕事』。その並びで彼の言いたいことが察せたらしい。梓は躊躇うことなく、事実のみを告げることにした。
「確か。七限が普通なんだけど、確かオリエンテーションも含めて四限……昼には帰れると思う」
「よし、帰ったら昼食って仕事だな」
「なんで初登校のその日に初仕事しなきゃいけないのだか……」
「そりゃ、お前、仕事しに日本に来ているからだろ」
――日本が魔女を受け入れた理由、その理由は未だ世界に発信されていない。
ただ八百万の神を信じたり、他国の文化を取り入れるこの国は、
そういったことにも取り分け寛容さを見せているようだ。
脅威を招いているとは考えはしなかったのだろうか、そして、こんな組織の人間が送られてくることも、予想されていなかったのだろうか――