第五幕「嘆きを受け入れた者達」
馬車から降りた私たちを待っていたのは、一足早く戻っていた仲間だった。どうやら神官たちが私たちの帰還を魔法で知らせてくれたようで、近かった彼らの方が早く到着したらしい。思ってもいなかった少しだけ早い再会、酒場へ一同が顔をそろえれば自然と笑みがこぼれた。たった二日間だったというのに何だか久しい感じがして、兄に、少女に抱きついてしまったのは許してほしい。もっとも、一人残された情報屋の彼に抱きつかなかったのは嫌だったからではなく、その手にお昼ごはんのビーフストロガノフが入った皿があったからだ。
そういえば鳩が豆鉄砲を食らったような顔、と言えば良いのだろうか。雰囲気が柔らかくなった研究者を見て、赤髪の少年は目をパチクリさせていた。馬車の中であったことを話そうと思ったのだが、銀髪の青年に視線で止められてしまい、結局ノウゼンさんがおかしくなったということで決着がついてしまった。後でこっそり話したらどうなるのか、反応が楽しみでしょうがない。
宿屋の二階、その一番奥に位置するのは、エイブロが頼んで取ってくれたらしいギルド専用の部屋。その部屋に五人全員が揃って入ったのは美味しいお昼ごはんを食べてからだった。私たちの腕から溢れた資料の山を見て、研究者と私を除いた三人は目を丸くしていた。
「こんなところだな、こっちの収穫は。三人の方はどうだった?」
「うーん、特に何もなかった。ハーフェンはどっちかって言うと商人についての話が多くてな。クラベスやナヴィリオ将軍に関することも無かったし……」
どうやら南の港町・ハーフェンには商学関連の資料が多いらしかった。この国は多くの商人たちが色んな事業に関わっているため、商学の資料は自然と集まりやすかったのだろう。幾つか読んだ例を挙げられたものの、どれも彼らに繋がりそうな物は無かった。
大きな机の上に置かれた箱をそっと開け、中から手紙を出していく。これが古語ではなく自分たちが今使っている言語で良かったと思う、これで古語ならば全て黒髪の少女と雷の研究者に丸投げするところだった。銀髪の青年が長い髪をまとめ直し、邪魔にならないようにか首の近くで二重に結んだ。
「皆でこれを読もう。手紙と論文だからどこまで情報が取れるかわからないけど、ちょっとでも情報はあると思う」
こくり、と皆が頷いたところを確認し、兄とエイブロにはシエラの手紙と、ノウゼンさんとユティーナには論文を渡した。これで何か情報が手に入れば、と願うばかりだ――恐らく、ここに書かれている以上の情報は見つかりにくいだろうから。気合を入れて手紙をそっと、至極丁寧に封筒から取り出した。これで故人の私物を勝手に盗み見るのは最後にしたいところだ。
その手紙の数は、優に二百を超えていた。明らかに難しそうな内容の時もあれば、二人を、或いは誰かを褒めるような言葉の連続、またある時は愚痴のようなものも書かれていた。それだけこの手紙をやり取りした者たちは仲が良かったのだろう。特に日付が進むに連れて手紙の表現は柔らかくなり、冗談を交えることが多かった。反対に初期は相手を気遣ったり近況報告だったり、とにかく相手の安否を確認することが多い。――何か理由があって、シエラから遠くへ離れたのだろう。そうとしか考えられないような手紙だった。
「まとめるとこうだな……」
机の上に広げられた一枚の大きな紙、それを銀髪の青年は巻き上げて代わりに小さな紙を取り出す。解析は全般的に彼へ任せることにし、私たちはとにかく拾った情報を紙に書き出した。その結果、各自で書き出す情報量があまりにも多すぎて紙が貯まり、大きな紙を二枚へと変更していた。
帰ってきた時は昼過ぎだったというのに、窓から見える空は赤がほんのり差している。時間が経つのも忘れて手紙を読むのに没頭していたせいか、腰や肩が凝ったように痛い。動かす度に骨がなるような音さえ聞こえてくる、普段身体を動かしているというのに、いざこんな作業したらこの様だ。自分の身体に呆れて溜め息をついていると兄が気遣い、立ち上がって水差しを取りに行っていた。
ノウゼンさんは書き終わった紙を散らかった机の真ん中に放り投げ、私よりも深く溜め息をついた。その紙に書かれた内容の概要はこうだ。
この手紙のやり取りを行っていたのは、シエラとその兄。兄の名前は残念ながら不明。明記はされていないがクラベスとナヴィリオ将軍はハイマートの人間だった。そして何らかの事情に巻き込まれ彼女の元を離れ、その後二十年間は手紙のやり取りができる範囲で活動していたようだ。シエラの死が近くなってから獣人たちに近づいたと思われる。
クラベスは、予想通りかなり高位の魔法使いだったらしい。論文は学生時代に書いたと思われる物とどこかの研究員として書いた物、二種類に分かれており、どちらも併せて書かれたコメントが褒め言葉ばかりだったのだという。ノウゼンさんが舌を巻くほど、ということは相当魔法研究に特化した研究者だったのだろう。
ナヴィリオについても多くのことが書かれていた。彼は有名な騎士の出身であり、シエラとも幼い頃から付き合いがあったのだという。よくシエラの兄と遊んでいたことも書かれており、幼なじみに近い者だったようだ。切磋琢磨しあうような仲だったのだろう、所々に成長したこと、何が出来るようになったか等事細かに書かれ、その度にナヴィリオならばこの歳には出来るようになっていたかしら、私はあなたたちに追いつけたかしら、なんて内容が書かれていた。
つい微笑ましくなるような、歳相応の少女が書くような手紙だ。恐らくこの手紙の宛主である兄にとっても自慢の妹だったに違いない。毎回褒めるような言葉を混ぜては、アドバイスを交えたり自分の体験談を書いたりしていたようだ。
「でも、最後がこれって……辛いですね」
「習慣で続けているものなんて、こんな終わり方が多いさ」
相手から最後に送られた手紙にはこう書かれていた。親愛なる愛しき妹へ、この手紙を最後に彼らの人生を辿る言葉はもう綴りません。願わくば、貴女の最期を見届けたかった、と。それ以降の日付が書かれている手紙は見つからず、これ以上の手紙は存在しないと思われる。ほとんど手元に写しとして置いていたが、この手紙の直前に当たるものは写しがなく読み取ることが出来なかった。
他聞を憚るようなことでもあったのか、それとも写すことが出来ないような状況にでもいたのか。綺麗に整頓されていた手紙の中でそれだけが抜けていたのはとても気になる。また、美しい字だったのにある期間からその字体も崩れていて、恐らくシエラの方に何かがあったのだと分かった。
こんな風に手紙のやりとりを行っていた彼らは、一体どんな境遇になってしまっていたのだろうか。結局最後までお兄さんの名前は書かれておらず、差出人のところもよく分からない名義ばかり。ノウゼンさんの見解によると「名前を見られると双方に困ることでもあったのではないか」ということだった。よくそんな兄と袂を分かつことなく、手紙を十年近くもやりとりできたな、と彼は言って何杯目かの紅茶を飲み干した。
「最初の手紙は百年前――もしかして水晶事故の頃か?ほら、エルフの森で爆発した」
「そっか、そんな前でしたっけあの事件」
少年が少女の背中側に回り込みながら研究者へと尋ねれば、青年はゆっくりと頷いた。水晶事故、水晶事件、一連の出来事に対しての呼び方は人によって様々だ。一般的には"水晶事故"として魔法関連の学習をしたことがある者なら一度は聞く単語。
「水晶事故って、確か研究者が水晶で実験しようとして失敗して、国中の魔素が一旦全部消滅しちゃったやつでしたっけ」
「ああ、主権を握っていたのは当時の研究チームの代表者で名前はアイギス。その場に居合わせた彼らは爆発に巻き込まれて死亡」
魔素が全て消滅する、という事態は大きくこの国の魔法の文化を後退させた。それもそうだ、空気中の魔素が無ければ当然魔法に使える魔素が無いのだから、魔法を使える人間はいなくなる。更に実験に使われた水晶が爆発したことにより、他種族であるエルフの管轄である森の一部が失われ、結果的に種族と種族の間に大きな亀裂が入ってしまった。当時の国王はその事故が原因で失墜したのではないかと、歴史の講義で習った気もする。
そういえば、水晶で何の実験をしようとしていたかまでは習っていない。魔法関連であったには違いないのだろうが、そこまで学生時代には気にもしなかった。赤髪の少年に視線を向けてそっと尋ねてみた。
「エイブロ、アイギスの実験内容ってなんだったかとかって知ってる?」
「水晶事故はあんまり。付け加えるとしたら、割と無理な実験内容をやろうとしていたということくらいかな。誰かの愚痴で聞いた気がする」
だが小さな声は特別必要なかったらしい、というよりもそれを気にしていたのは私だけではなかった。耳ざとく聞いていたらしいノウゼンさんはエイブロの方に再度視線を向けて、眉を少しだけ寄せた。
「愚痴か」
「俺の働いている場所が場所なもんでね。酔った勢いで話してくれる人も多いんです――いや、それは置いておきましょうよ」
寧ろその話を教えてくれた人が凄いな、と正直に思いながら紅茶をいただく。ずっと座りっぱなしで手紙とにらめっこしていたせいか、紅茶が身に沁みていく気がした。ユティーナがエイブロの腕の中から離れ、新しい紅茶を淹れに部屋の隅へと歩いて行く。兄は二つあるベットの片方に腰掛け、ゆっくりとしている。――調査で文字ばかり追っていたからだろう、微妙にどこか落ち着きの無さが見えた。
「これを見る限り、クラベスがテオロギアに関わっている可能性とかっていうのは分からないよな……くそ、何か手がかりないのか」
「一応論文を見てみたのですが、テオロギアに関する研究は一切行っていなかったようです。ううん、それどころか本当に純粋な魔法の研究ばかりで……すごく、真面目な」
「ユティーナ?」
「あの、エイブロとガディーヴィさんには言ったのですが……クラベスは、あのアルストメリアの城には本当によく来ていたんです。私も何度か話したこともあって、魔法を――彼に教えてもらっていたかも」
どうやらあの少年は彼女にも影響を及ぼしていたらしい、もしかしたら珍しい闇属性の魔法でも彼は教えることが出来たのだろうか、なんて。顔をしかめたまま黙りこむ少女の肩を、赤髪の少年はそっと包み込んだ。まだ記憶は戻りきっていない、ハーフェンに行った時も体調が安定しなかったらしいと聞いている。思い出したばかりでは調子が狂うことでもあるのだろう。
「手紙にはこうあった、"あの子は一人で抱えるしかないものを背負ってしまった、何とか力になれれば良いが彼にしか出来ない役目だ"と。単純に考えて役目がテオロギアのことだとすれば、クラベスは一人でテオロギアを書いていることになる」
背負うものがテオロギアだと示す確証はないが、何となくその予測は正しいようにも思える。どうやらクラベス・ナヴィリオ、そしてシエラの兄はかなり仲がいいと同時に、"共に戦う仲間""戦友"という表現が使われるような信頼関係にあったようだ。そのことを話していてもおかしくないし、もしかすると手紙にはなかっただけで、テオロギアが原因となって彼らはシエラの元から離れたのかもしれないし――いや、さすがに飛躍し過ぎか。
「はい、質問。そもそもテオロギアって誰が書くとかって決まってんの?」
「さあな、そのことについては全く触れられてなかったな……いや、まて――この手紙を書き始める前に、クラベスはテオロギアを書くことが決まっていた?百年前に起こった何かではなく、別の何かが理由で?」
そういえば、あんな特殊過ぎるものをどうやって書く人を見つけるのだろうか、クラベス以外でも書けるならば彼が選ばれた理由が必要になってくるし、現時点でクラベスしか書けないのであれば彼だけにしか無いものが存在することになる。ノウゼンさんによると、歴史書というものはかなりの貴重品らしいし――ああ、難しくて頭が混乱してきた。
「別の何かってなんですか」
「それが分かれば苦労しない」
さすがの研究者もお手上げか、紅茶に口付けながらため息がつかれる音を聞いていた時、部屋に控えめなノックが二回鳴らされた。ここに私たちが居ることは、この宿屋の店主と酒場のマスターにしか言っていない。誰だろうか、ユティーナが皆の視線を受けながら扉をそっと開くと、そこには焦げ茶色の髪を下ろした眼鏡の青年が立っていた。
「失礼します」
「ウィアルフ先生!」
「先生」
その姿を見て最初に反応したのは兄さん、次いでノウゼンさんが反応した。一年くらい会っていないだろうか、この人と会うのはとても久しぶりのように感じた。私も遅れて頭を下げると、柔らかな声が耳に入ってきた。
「おや……ティリス、ガディーヴィ、ノウゼン」
「知り合い、ですか?」
「私たちが学生の時に担当して頂いたの。ええと、薬草学の担当で」
「もしかして、ウィアルフ・コンステラシオン?」
目を丸くしている黒髪の少女の後ろから、赤髪の少年が青年へと話しかける。一瞬何故分かったのだと聞き返しそうになったのだが、青年もまた先生たちと同じ有名人だ、知っていてもおかしくはない。何せ、彼の兄であるルーフォロ先生が特別有名過ぎる。また、彼はただの先生ではなくユリア先生やコルペッセ先生と同じ"神官"の一人である。そちらとしての役業は功績が高いわけではないものの、神官に選ばれる実力があるということだ。
「なんにせよ元気そうで何よりだよ。――はい」
「これは?」
私の方へと差し出された手紙を、大切に手にとって封を開く。なんだろう、わざわざ神官の末席に持たせて届けさせるような手紙など、今まで一度も受け取ったことがない。丁寧に折られた手紙を開いて、納得したように頷くと周りから強い視線が向けられた。
白亜の城は夕焼けの光を浴びてオレンジ色に外壁を染めている、風の流れによって棚引く雲、その下で大きくはためく国旗に視線を向けていると、門の向こうから声がかかった。ゆっくり、先日と同じように城の敷地内へと踏み込めば、優しい花の香が漂ってくる。青い制服を身に纏う青年に引きつられ、私たちは城の図書館へと歩いていた。
手紙の内容はいたって簡単、テオロギアについて聞きたいことが出来たから図書館に来てほしい、とのことだった。手紙の最後にはとても美しい字体でフェンネル・イル・ハイマーティス――現国王の名前が綴られていた。さすがに断る度胸など、ギルドメンバーの中では誰一人持ち合わせていない。
「陛下、ギルドを連れて来ました」
「ご苦労」
図書館の扉を開いたそこに、男性が二人立っている。一人は柔らかな生地で出来たゆったりとしている服を来た男、腰に届きそうなほど滑らかな薄い金色の髪、身に纏う装飾品の類は飾り気があまり強くはないが、手紙を送ってきた張本人でありこの国の王であるフェンネル陛下だ。もう一人は樹の幹にも似た暗い茶髪に,深い森の緑を思わせる瞳を持つ男。堅そうな貴族服のようなものを身に纏っており、眼鏡を中指で押し上げるその仕草は前回の謁見で何度も見た光景だ。
「テオロギアに気になる記述があった、見てくれるか」
ゆっくりと話しかけられるも束の間、手で奥へ来るようにと招かれて急いで追いかける。すでに重たい扉は開け放たれており、中央に位置する大きな机の上ではテオロギアが開かれた状態で置かれていた。天上から降ってくる光は赤く、どこか忘れ去られたような雰囲気を醸し出している。覗きこめば案の定古語の羅列だ、銀髪の青年の背中をそっと押し、彼が見えるように位置を調整すればすぐに読み上げられる。
「……"白きは黒きを求めて彷徨い、黒きはまた白きを求めて彷徨い続ける。知の民は白きによって綴られたが、空の支配者もまた白きによって紡がれた。しかし黒きはそれを認めない"」
彼が読み終わるのを待っていたが、それだけだったようだ。だが彼の手元には二頁に渡る記述がある、思わず今のだけなのかと聞いてみると、余計なことが多く書かれているらしいとのことだった。気になった言葉が幾つも出てきたが、一体どういう意味を表しているのか。
「知の民と空の支配者って?」
「知の民はエルフ、空の支配者は多分竜族だな」
「エルフ……は分かるんですけど、竜族ってほんとうにいるんですか」
「伝説と呼ばれているが、文献の類なんかにはよく載っているしいるんじゃないか」
テオロギアと二つの種族、どういった因果を持っているのだろうか。特に竜族についてはいるかいないかも分からない曖昧な種族だ、魔法の題材としてはよく用いられているものの、その姿を実際に見た者はいないとされている。故に伝説の、空想上の生き物ではないかと聞いていた。こんな所でその存在がどうのこうのいう日が来ようとは、夢にも思っていなかったのだ。
「――竜族とエルフについては後で。白きと黒きは、恐らく綴り手かその本の事だ。二人いるんだろうな」
「クラベスはどっちなんですか」
「さあな……ただ、前書きには黒きものが綴ったとあったし、黒いほうがクラベスと考えるのが無難だろうな」
ということは、エルフや竜族も何かを書いている人がいて、それをクラベスが許さないということか。それとも書いている項目に対してか、それともそれさえもまた言い換えているだけで――頭の中で混乱が収まる気配がしない、どうにもこの手の話題には疎くなる傾向があるようだ。
「この記述が出たのは」
「さっきだ、魔素が乱れたという報告を受けて」
「……何とかして、書くところを捕まえることが出来れば」
考え事をしているせいでどこか遠くに聞こえる陛下と研究者の会話、侵入形跡はなかったというところだけはしっかりと聞き取ったものの、全てを聞き取り理解することは無理だった。しかも、結局記述に関しては何も考えをまとめることが出来ない。最近こうして、頭の中の整理がうまくいかないことが多い。疲れているのだろう、そう思い深呼吸して気持ちを落ち着けることにした。
進捗はいかがか、という陛下の質問に対しては銀髪の青年が引き続き答えてくれた。シエラの研究室で手紙と当時の論文が見つかったこと、手紙はシエラとその兄がやりとりしていてクラベスやナヴィリオの名前もあったこと。今出ている限りの見解で報告を締めくくり、彼は以上ですと一礼をした。
「そうか……エーヴェルト。こちらで分かった情報を報告せよ」
「わかりました。こちらではシエラに関することについて調べていたのですが、次の通りの情報が出てまいりました」
それに対し、王と補佐官が教えてくれたのは、手紙からは読み取れない情報ばかりだった。シエラがノウゼンさんと同じ学者貴族で貴族の地位を復活させたこと、功績を上げたにも関わらずその評価の殆どが常識的に低かったこと。またその兄の名前は戸籍からも消され、いなかったことにされていたらしいということ。戸籍から消された理由は不明だが、百年前の法律で戸籍が消されるような自体になるのは死刑か、国外追放だったらしいとのこと。
「つまり、シエラの兄とクラベス、ナヴィリオ将軍は国外追放を受けていた?」
「名前の明記がないので断定は出来ませんが」
また、もう一つ興味深い話として、水晶実験を引き起こしたアイギスの研究の後継にシエラが関わっていたということだった。後継がたった一人しかいなかったことと、当時の交流の記録が残っていることから、城の人間が出した答えは驚くものだった。
「……二人とシエラのお兄さんが」
「百年前の水晶実験に関わっていたのだと思われます。この研究は一度見捨てられており、研究の記録自体消滅する予定でした。それをわざわざ引き取ったのは、自分の兄が関わっていたからではないかと」
かなり複雑な関係になってきたようだ、何とか思考の整理を追いつかせていると、赤髪の少年がいきなりその場で膝をつく。何事か、と全員の視線が集まる中、少年は新緑の瞳を王へと向けた。
「陛下、恐れながら申し上げます」
「――なんだ」
「自分は、エルフの里に行けばこれ以上の情報が手に入ると思います。ですが、恐らく国としていけば関係性の悪化に繋がるやもしれません。このギルドに依頼として調査を与え、エルフの森に行く許可を頂けませんでしょうか」
唖然として見詰める補佐官の傍ら、王はいきなりの申し出に戸惑っているようだった。私たちへの相談も無く――と言いたいところだが、調査を続けたい気持ちはまだある。何よりあの少年に関することだ、今のうちに、機会があるときに情報を手に入れておかなければ大変なことになりそうな予感がする。意外にも反対すると思われていた研究者も反対していないため、それがギルドとしての答えとなっていた。
「――確かに、国として赴けば厄介なことになるかもしれん。だがその前に、君たちの安全が保証されない。アルストメリアやフォブルドンに行くよりも危険だ、地図もない」
「自分が何とかします」
「君が?」
「こと情報収拾においては、他の誰よりも自信があります。――必ず、ギルド全員をこちらへ連れて帰ってきます」
今までで一番力強い言葉、いっそエイブロらしくないその言葉に、つい目を瞬かせた。信用できる、信頼できる仲間の言葉。それを疑うものなど此処にはいない。王は半ば諦めたようにその肩へそっと手を乗せた。
「頼んだ、ギルド・インペグノ。エルフの里へ赴き、クラベスたちに関する情報を収拾してきてくれ」
その言葉に深く頭を下げた少年は、立ち上がってこちらにも頭を下げる。それを咎めた人はいなくて、よく言ってくれたと返したのが二人、微笑ましく見守っていたのが二人いただけだった。