「……あーあ。行っちまったな、アイツら」

 生徒達が森の中へ消えてから数秒、早くもこんなことを相棒の騎士は突然言った。見送った当の本人がこんなことを言うものだから、回りの騎士達から忍び笑いが聞こえてくる。単純に彼らしい言葉だったから笑ったのだろう、その陽気なところは生徒、部下を問わず好かれている。

「未練がましいな。しゃーねーじゃん、仕事を受けたのはあいつらの意思だろう?」
「あ、ちょっ、待てよコルペッセ!」

 さっさとその場から離れようとする俺に、ルーフォロは慌てて付いてくる。回りが全員国立騎士団なのに、自分一人だけ神官――多少なりとも気まずくなるに決まってる。そんなことすら分かっていない俺の同僚は、今さら自分の行為を考え直していた。

「止めても聞かねぇと思ったのが間違いだったかな?」
「止めたら補佐官に締められるんじゃね。今回は色々と"掛けている"みたいだし?」

 補佐官、というのは我らがフェンネル王の一番の側近だ。常に王と国のことを考え、常に損なく得を得るかを考え行動する、王の信頼を一番に勝ち得た者だけがなれる参謀。こ国の補佐官は、まるでその鑑だと言わんばかりの人物で、今回の仕事の話も、恐らくあの補佐官が仕組んだことに違いない。

「えー、エーヴェルトまた何か悪いことでも企んでいるのか?」
「……それ、本人の前で絶対言うなよ。補佐官って怒ったら怖いんだぞ、知ってるか?」
「おう、よく知ってる。おやつのケーキを間違えて食ったら怒鳴ってた」
「そりゃ誰でも怒るだろ!」

 まったく、こいつの天然はどこから来てるのやら。だがその言葉がわざとらしいことには気付いていたので、軽く笑って誤魔化した。
 ふと、件のエーヴェルト補佐官から預かった封筒の中身、手紙の隣に入ってある小さなメモをもう一度取り出した。生徒たちには全く見せていない、自分たち宛のメモだ。地面を時折見ながら歩きつつ、その短い文面に目を通して再度見る。達筆な文は、彼がよく使う暗号でこう書かれていた。


『なるべく泳がせるように』


 その言葉を頭の中で反芻させてから、指先でビリビリに小さく破く。もう必要ないし、そもそも存在していてもしょうがないものだからだ。
 この補佐官の命令は、実を言うと今回は守っていない。普段なら絶対にしないことだが、この命令だけは聞きたくなかった。――聞けるはずもなかった。

「しっかし、よくお前命令違反できたな。自分から無視したのは二度目じゃねぇか?」
「ルーフォロだって一緒に無視しただろ。おあいこさまだよ」

 久しぶりに命令違反した気分は、最悪だ。基本的に命令違反などするわけもないのだが、昔、一度だけ命令違反をした。その時とは比べられないほどの罪悪感に、心が揺れ動く。だが同時に、自分の生徒を巻き込みたくないという強い怒りと、何故そんなことになっているのか分からないという戸惑いが、自分の中を占めていた。その二つともを感じながら、手を離れて風に舞う紙片へ、小声で呪文を唱えて手をかざす。風に乗った紙片は炎を立てて燃え上がり、灰となって散っていった。俺の行動を一部始終見ていたルーフォロは、肩についた灰を軽く手で払いながら軽く眉を潜めた。

「……俺たちの知らないところで、色々と動き始めてるって訳か。やだなぁ」
「みたいだな。今まで以上に何かが起こるって気配がするぜ」
「でも、俺達はその渦中に自分の生徒を放り込むんだな。しかも、危険だって知ってて見送るしかない」

 あの子供たちが、国の何かに勝手に巻き込まれている。それを、ただ呆然と眺めているしかできないのが悔しい。手を伸ばせば、何時だって間に合うことができたのに届かない。

「情けない話だ」
「情けないから、俺たちも頑張ろうぜ」
「だな、頼むぜ、俺の相棒さん」
「背中は任せたから、ちゃんと守ってくれよ、相棒さん」

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