序幕『さぁ、旅に出よう』

 協会から宿に向かう頃には、既に街の壁から陽は見えず空の世界は暗闇に包まれていた。まだ間に合うかと急ぎ宿で手続きを申し出た所、いつもの部屋をたまたま確保することが出来たのは奇蹟かもしれない。兄と分かれて部屋に入り、一呼吸置いて動き出せばもう疲れもあって寝てしまいそう。首を締められる夢を見るかもしれない、そんな不安を抱かなかったかと言えば嘘になる。けれどもそんなことに構ってられる余裕もなく――そして都合のいいことに今回は夢を見ることもなく、目を開けたそこはあの暗い世界ではなく日が差し込む部屋だったのだ。
 腕を伸ばして全身で太陽の恵みを存分に味わう、その心地良い感覚に思わずいい天気、と感想を漏らした。もちろん誰かに向けて言ったつもりは一切なかったはずだった。

「だな」
「うわあぁあ?!」

 聞こえるはずのない返答が何処からか聞こえてきて、次いでベッド前方で動く影を見つけた瞬間シーツを手繰って後退りした、その人影が隣の部屋で眠っていた筈の兄ならば入ってくるな!と叫ぶだけで済むのだが、目の前にいる男は兄ではない。
 差し込む光が当たっていることでオレンジ色にも見える赤の髪、宿の白壁に凭れているせいでその色はとても際立つ。ゆったりと欠伸をし、再び開かれた瞳は夏場に揺れる木の葉を思い出させる鮮やかな緑。何故、彼がこんなところにいるのだろうか。

「そこまでびっくりすることなのか?」
「普通びっくりするって!鍵かけてたのに何で入ってきてるのよ、エイブロ!」

 私からの言葉に苦笑した少年は、壁から背を離して近寄ってくる。昨日会ったばかりの彼だがどうにも話が合うようで、宿に着くまでの間も話を聞かさせてもらっていたくらいだ。とはいえ部屋に来るのはどうなのだろうか。
ふと、彼の指の間に引っ掛かる細長い何かに気がつく。見覚えはある、昨日兄に預けたこの部屋の鍵の予備だ。何かあれば遠慮なく開けろといつも渡すことにしている、どうやら兄から預かってきたようだ。くるくると鍵を回すエイブロへ視線を向けると、くすりと小さく笑まれた。

「お兄さんから預かってきた。もう起きてるよ」
「え、もう?」

 二日連続の早起きだなんてやるな、とつい感心しながら握っていたシーツを落とした。昨晩はかなり遅くに宿へ着き、湯浴びなどは全て自分の後にしていた記憶がある。彼が寝たのはもしかしたらもう日が変わった頃だったかも知れないのだが――一人思考を巡らせていると、少年は鍵をぱしんと止めて呆れたようにため息をついた。

「突っ込むところそこなのかよ……」
「へ?」
「女の子の部屋の鍵を、身内でもないのに預けると思うのか?……勝手に取ってきたのか、とかさ」

 質問の意図をすぐに飲み込めず首を傾げ、それが意地の悪い言葉なのだと理解して微笑む。口には出さないが兄はきっと預けていただろう、それも何の疑いもなく。あれだけ昨日一緒に騒いだ人だ、私が嫌いだと知っているあの研究者にすら鍵を渡したことのある兄ならば、起こしてくれるのかと嬉々として渡す。家族間の遠慮など全く気にしない、気にしていたら旅がもっと長くなっていただろうから。

「エイブロのこと、信用してるもん。私でも普通に渡すと思うよ」

 少しの沈黙の後、赤髪の少年はまた苦笑をして手を軽く上げた。参った、そう呟いたから先ほどのまでのやりとりは冗談だったようだ。実際に兄がどう思って彼に鍵を渡したかどうかは分からないが、直接聞かなくても彼ら――少年と彼の知り合いだという黒髪の少女――にならば渡すだろう。兄の場合は信用しているしていないよりも、親しみを感じたか感じていないかが重要になってくる。私以上に慎重とか疑い深いなんて言葉は似合わない人だ。

「君のお兄さんならばさっきノウゼンさんが無理やり起こしていたよ。何でも話があるとかないとか」
「ムリヤリ」
「無理矢理」

 繰り返されたその単語へ妙に力がこもっているのは、むしろ兄の身体を心配する材料となった。あの人でなしな研究者に起こされている時点で、半死半生くらいにはなっているのだろうか。いや、そもそも彼はちゃんとうごいて生きているのか。本人の生存確認が増えて尚のこと、起きる理由ができてしまったようだ。
 ふと、少年がベッドを離れて扉に向かうのを視界に捉える。手を取ってへかけた彼は小さく笑んで、こちらへと視線を送ってきた。

「ま、とりあえず下りてきてくれよ。朝飯作るから」
「え……」

 思わずその内容を聞き返しそうになったが、その前に彼は扉を開けて出て行ってしまう。トントン、と階段を軽やかに降りていく音が、扉の向こう側から微かに聞こえた。朝飯を、貰ってくるのではなく作る。疑問を抱えつつも、ベッド下に置いていたブーツへ足を突っ込んだ。


 ハイマートの宿屋は酒場を兼ねているところが多い。ここで言う酒場はただ酒を飲むための場所ではなく、ちょっとした食事処として開放されている。また、情報屋ギルドの拠点として酒場は指定されており、どの酒場でもギルドメンバーとの情報交換を可能にする。もしかしたらあの赤髪の少年もまた、その一人かも知れない。
 昔、国がまだ荒れていたころの酒場と言えば喧嘩ばかりで感じも悪く、入りにくい場所だったという。しかし今となってはそんな面影など一つもなく、軽い食事をしながら簡単に情報交換ができる、旅人にとっては嬉しい場所だ。朝なのでまだ人は少ないが、夕方になれば多くの人が訪れ、かなりの賑わいを見せるだろう。
 あちこちに置かれた丸机の一つに見慣れた姿を三つ見つけ、近づくと向こうから声がかかった。軽く手を上げて答えれば、向こうも同じように手を上げて笑う。

「おはようございます、ティリスさん!」
「おはよう」

 元気よく答えたのは相変わらず笑顔が可愛い黒髪の少女、少しトーン低く答えたのは相変わらず仏頂面な銀髪の青年だ。二人共朝からしゃっきりとしていて、昨晩協会前で別れた時とそう対して変わっていない。そしてその間、唯一返事をしなかった人影は机に突っ伏したままで、それが自分の兄だとは認めたくなかった。寧ろ、この二人に挟まれた状態でそんな兄の姿は、できれば見たくなかった。

「……はよ」

 掠れた声は少し聞き辛く、朝が苦手ですと言わんばかりの声音だ。しかしさっき聞いた話によると彼は無理矢理起こされたらしい、その起こされ方に不満でもあったのだろうか。何はともあれ、あのノウゼンさんに起こされて命があるのならそれでいいかと思ったので、兄はとりあえず無視して残り二人に挨拶を返した。

「おはよう、ユティーナ。おはようございます、ノウゼンさん」

軽く頷いた二人の横、突っ伏した男の反対側に座る。真正面から見ると彼の回りは微かに空気が淀んでいるように見えた。体力だけでなく精神的にも疲れているらしい。このまま放っておくことも考えたが、二人の視線もあることだしと一応聞いてみることにした。

「――大丈夫?無理やり起こされたって聞いたけど」

 私の問いかけにゆらりと音が付きそうなほど、兄はゆっくり頭を起こす。そして、もう一度机に勢いよく突っ伏した。まるで酔っぱらいが起きようとして力尽きたみたいだ。――それにしても今の勢い、顔面は痛くないのだろうか。机はかなり固いはずだし、結構鈍い音が響いた気がするのだが。

「が、ガディーヴィさんっ!?」
「俺、今度から早起きするわ……寝る度に命を危険にさらしたくない……」

 ユティーナが慌てふためく隣で、ノウゼンさんは水が入った自分のコップが零れないよう、手に掴んで宙へ浮かせている。他のコップは割れなかったものの、水が少し周りに飛んでしまったようだ。
 それはともかく兄の言葉通りならば、朝からこの銀髪の青年に殺されかけたということになる。とにかく意味がまだ曖昧にしか掴めていないので、水を飲み始めた仕掛人に聞くしかない。無愛想な青年が一息ついたのを見計らって、机に新たに置かれた水入りのコップへと手を伸ばしつつ話しかけてみる。

「何をしたんですか」
「俺が起きろって言っているのに後五分……とかほざきやがったから、ちょっと威力の抑えた魔法を使っただけだ」

 淀みなく発せられる言葉の意味に気がつき、思考が停止しかける。コップを取るために机の中心へと伸ばした手が途中で止まったため、私は酷く不自然な格好に見えるだろう。とんでもないことを真顔で言うなと叫ばなかっただけでも奇跡だ。宿屋の中で魔法を使うなんて、これ以上面倒事は避けて欲しい所なのだから。
 確かに兄の寝起きは起きる理由がない限りすこぶる悪い、起こしに行ったら後五分、後十分と言われるなんてよくあることだ。だがそこで魔法を使うほどのことはない、と信じたい。視線を件の彼に向けると、さっきまでは気がつかなかったがほんの少しだけ短い金髪の先が黒ずんでいた。ノウゼンさんの得意属性であり、何より属性の中では一位、二位を争う攻撃力を持つ雷魔法。こんな平和なところで使われたくない代物だ。

「ベッドまで焦がしていたら弁償ですよ?」
「そのくらいの加減は出来る」

 上手くたしなめてくれると思っていたユティーナの言葉は予想を大きく外し、伸ばしかけた手は机へ落ちてしまった。全くフォローになっていないどころか、聞きようによっては研究者の彼よりも酷い、私が思う以上に彼女は腹黒いのだろうか。しかもそんなに素晴らしい才能があるのならば是非戦闘中に活かしてもらいたい。微妙な加減ができて高速詠唱ができる人なんて、旅に連れていくには最高の人材だ。ただ、平和な町中でその才能を使われることだけは、やはり絶対に避けたい。
 二人の発言に突っ込みたいところが多くて、一層被害者である兄が哀れに見えてくる。どう反論しようか迷っていると、後ろから急にこの心を代弁する声がした。

「朝から物騒な会話をするな。はい、朝ごはんおまちどうさま」

 椅子に座ったまま顔を振り向かせると、ちょうど赤髪の少年がカウンターから器を持ってきているところだった。両手に持つ深皿空は暖かそうな白い湯気、それを二つ置いてまたカウンターに向かう彼は嬉しそうだ。取り皿やスプーンを取りに行く少女と話しながら楽しげに運んでいる。

「朝市に行ったけど良い材料が揃ってなかったんだ。ありあわせで構わないだろ?」
「うん、エイブロの料理だしね」

 また一つ置かれた皿は円形に広がった大皿だ、三つを並べて見ると早速手が伸びてしまいそう。彼の言葉が予想以上の効力があったことにこちらだって期待十分だ。男二人からも口笛やら感嘆が漏れるほど。
 一つ目の皿はシチュー。湯気の正体は主にこれだったようだ。乳白色の表面に浮かぶ赤と黄の野菜の鮮やかさ。野菜はしっかりと煮込まれたのだろうか、角がとれて丸みを帯び、鈍く光を反射していた。とろみがしっかりとついているのは触れなくても分かる。
 二つ目の皿はパイ。香ばしい香りの中にはスパイスのそれも入って、嗅ぐだけで食欲が沸いてくる。甘い香りではないからミートパイとかそういう類だろうか。パイ生地の上部の隙間から見ると、具の上にハーブのようなものが均等に散っていて、手が込まれていることを予感させる。こんがりと焼かれた表面はぱりぱりしていてつい涎が出そうだ。  三つ目の皿はサラダ。緑が美しいキャベツを引いた上に玉ねぎなどがこんもりと乗せられている。角切りに切られ焼かれたパンが所々に見え、食感も充分楽しめそうだ。時々光る雫が野菜の新鮮さを強調させていて、食卓で一番の彩りと言ってもいい。
 ――これをありあわせというのだろうか、彼は。既に頭を起こして目を輝かせている兄は、まだ立ったままの少年へと問う。食事と聞いて態度が若干変わったのはこの際無視だ、自分も似たような感じなのだから。そんな兄に対してしっかりと頷いた少年は微笑み、皆へ取り皿などを回し始めていた。だが、兄の歓喜の声が上がると同時に、サラダの大皿に付けられたスプーンを手に取る者が一人。

「頂きます」
「あ、ずりぃ! いただきます!」

 ノウゼンさんには遅れをとらないと言わんばかりに、兄はシチューの大皿へと手を伸ばす。相変わらず食事の時はうるさいというか、落ち着きが無いというか。黒髪の少女とパイを切り分けながら、隣にやって来た少年にも回した。

「味の保証はするよ」
「ふふ、大丈夫、いつもの味だわ」
「そりゃあ使っている調味料も調理方法も一緒だし」

 ユティーナの微かな笑い声に目を細め、彼もまたシチューの更に手を伸ばす。どうやら彼は少女によく料理を作ってあげているらしく、その腕前にも何となく納得がいった。羨ましげな視線が兄から送られるものの、二人の世界は既に侵入不可能だ。
 不意に兄と視線がばっちり合い、慌てて目を逸らした。少しばかり目が輝いていたように見えたのは気のせいだろう。

「ティリス」
「私はそこまで料理に興味ないから期待しないほうがいいよ。ぶっちゃけ、肉料理以外皆無だし」
「あう……」

 どうやら図星だったようで、予想ぴったりの反応にため息をつきつつ、分からないでもないと密かに悔しくなった。今までの現状として旅の食事は簡単な料理しかしてこなかった。いや、そもそも材料不足や調理器具の問題ではなく、兄さんも私も手の込んだ料理などしない。だから目の前にある料理など滅多にないし、作れと言われても作れはしないだろう。

「旅の料理番は決定だな」

 銀髪の青年の言葉に満場一致だったようだ、本人ですらその言葉には満更でもなさそうで、寧ろ喜んでいるようにも見える。早くもおかわりをし始めた彼に続いてパイを手に取り、兄に向けてにやりと笑った。こんな朝も、悪くない。


 本題に入ると青年たちが言ったのは、食器から料理がすっからかんに消えて、ユティーナが手ずから淹れてくれた紅茶で食休みをしている時だ。食べ終わって一息つく機会を狙っていたのだろう、一瞬で雰囲気を変えた銀髪の青年は目視で周りの様子を確認してから話しを切り出した。

「以来の詳細だが、城から使者が来て説明してくださるらしい。それは良いんだが――」
「何か問題でも」
「朝一で協会長から聞いたんだが、聞く場所に指定があってな。あのフロンティール村だそうだ」

 フロンティール村、と口の中で繰り返してから小さく首を傾げる。そもそもこの依頼は城からのもの、直接会って聞くことは誤解を招くことも防ぐことが出来る。けれども、場所は確かに問題だったのだ。
 フロンティール村とは国内で唯一の廃村、位置としては国の南東にあり、途中で大きな川にぶつかって馬車などでは生きにくいことから身近な"辺境"ととされている村だ。今では人は住まなくなったことから近づく人も少ないと聞く、だがそれだけの場所であって。フロンティールが選ばれた理由は全く思い浮かばない、けれどもそれは情報屋である少年とは違っていたようで。

「……敵国に行くんだから覚悟は決めておけ……とかそういうことですかね」

 その言葉が躊躇いがちだったのは、確信ではないからだろうか。それとも言い辛い言葉だったからだろうか。同じように首を傾げた少女と共に戸惑っていると、兄と研究者はゆっくりと頷いた。彼らには何か分かったのだろうか、全く分からない。

「何はともあれ明日の昼にはフロンティールで話を聞くことになった。今日の昼には出発しないと行けない――皆、荷物はまとめているな?」

 そんな問い掛けに私を含めて全員が頷くのを見て、モヤモヤした気持ちは吹っ飛んだ。優秀なギルドすぎる、確かに昨日の別れ際、いつでも出発できるように荷物をまとめよう、と皆で話し合ったのは覚えている。私や兄は元々旅をしている身であるため荷物は少ない。しかし実際にここに住んで暮らすノウゼンさんやエイブロ、ユティーナの三人は長期の旅に適した荷物を作らなければならない。それが、今朝までに普通に用意できている。当たり前、と言ってしまえばそれまでだが、このメンバー、特に私と兄以外の三人は特異だ。そんな思案している間に彼らは調理器具や治療道具を誰が持っていくか、など具体的な話を進めていた。メンバーのほとんどが旅の経験者であることが幸いし、順序よく話がまとまっていく。

「あとはギルド章だな」
「ギルド章?」

 不意に出た単語に反応して思わず聞き返した。聞いたことがあるような、無いようなそれを、右手の親指と人差し指で小さく円を作りながら、エイブロは説明をしてくれた。

「ギルドが自分たちの所属を示すために使うこのくらいのバッチだよ。旅の間、身分証明書の代わりにするんだ」
「へぇ……」
「昨日帰り際に協会長へ作成の依頼はした。昼にはできると言っていたから、出発直前に取りに行こう」

 銀髪の青年は立ち上がって食器を積み重ねながらそう言って、片付けにカウンターへ入っていく。どうやら代わりに頼んでくれたらしい、お礼を言いながらもそんな気遣いが出来るのなら、普段から人と話すときにも活用してほしいと思った。
 後に続いて少年と少女がぱたぱた片付けを始める、席から離れた際にふと言われた"また後で"という言葉に兄と二人微笑みながら、三人に片付けを任せて宿の手続きをしに行った。旅の前にこんな騒がしい状況になるのも初めて、兄以外の仲間の存在が今更ながら嬉しくなって、始終笑顔だったことは言うまでもない。


「おお、インペグノの諸君!…………ぶっ」
「笑う所が間違っていることに気付いて下さい、協会長」

 荷物が揃っていることを全員で確認した後、協会へ向かえば入り口で協会長が出迎えてくれた。ギルド名で呼ばれたものの、まだその呼び名に慣れていない私たちの反応は、返事もせずその場に固まるだけだ。いたく彼にはお気に召したようで、研究者が眉を顰めていることも知らずに笑い続けている。

「……ギルド章は出来ましたか」
「ふふふふふ、勿論だ。私にかかれば一夜で!」

 協会長が後ろから取り出した青い箱を、兄が代表で受け取ってゆっくり蓋を開ける。箱の中に煌きが五つ、それを見た瞬間全員から感嘆が漏れていた。腰に手を当て、胸を誇らしげに張る協会長の気持ちが今ならわかる気がする。
深海を思わせる青の台座に飾られたそれは、金色に光る見事な細工のバッチだ。表面には細かな凹凸があり、杖と本、真ん中に添えられた剣の紋章が刻まれている。小さいが下には"Impegno"と文字も刻まれていて、職人の腕が確かなものだとすぐに分かる。

「魔法使いギルドということで、魔法使いの象徴であり目標でもある賢者の杖と本。それから、剣の国であるハイマート王国らしく片手剣を入れてもらったぞ」
「何かすごいことに……というか、昨晩から短時間でよくこんな素晴らしいものが作れましたね」
「そこは私のコネと権力と金で何とかなった!」

 最悪だこの人、折角いいものを頂いたのに今の一言でほとんど台無しである。とは言え昨日の晩から走り回ってくれたと考えると、悪く言うのは気が引けた。ただ、オブラートに包んでくれた方が良かったのだ、本人が自ら言うのは駄目な気がする。他も気持ちは一緒だったようで、全員が冷たい目で見る中、特に気にしていない様子の協会長はまた話し始めた。

「その様子だと、今日発つのだろう?ノウゼン君とエイブロ君、それからユティーナ君の職場には使いを出しておいた。長期休暇届も一緒に合わせて持っていってもらったから、遠慮なく!行ってくるといい」
「はやっ」
「明日の昼にフロンティールだと聞いたので、近くのリベルテまでの馬車を用意しておいたぞ!今日は早めに宿屋を確保して、ゆっくりと休むといい」
「はやっ!」

 二段構えの用意周到なそれになんとも言えない嬉しさと、やはり先程の微妙な気持ちが重なる。確かに協会員が依頼を受けるために掛け持ちの仕事を長期休暇する場合は、協会で長期休暇届を書き、それを職場へ提出することになっている。まだ書いていなかったらしい彼らには朗報だ。しかも馬車を用意してくれたのならば、今から向かう予定であった停留所にも行かずに済むだろう。
 黒髪の少女がすすす、と近寄ってきて耳打ちをする。

「協会長って、用意周到ですね」
「ホント……妙なところで小賢しいんだから」
「ん、何か言ったかねティリス君」
「いいえ、何も」

 おっと本音が出てしまったらしい、協会長を軽くあしらって笑顔で対応し、気にしなかったことに安堵の息をついた。早速ギルド章をつけ始めた彼らに倣って自分もマントに着けてみる、中央よりも少し左に寄った胸元に近い位置、違和感はまだあるもののこれは慣れるしか無いだろう。
 行くか、そう言ってニカッと笑った兄は合図すると全員が門へと歩き始める。遅れないように小走りで皆の後を追い掛けて、入り口に佇む協会長へ手を振った。

「いってきまーす!」
「気を付けてな、インペグノ!」

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